NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の最終回は、山崎の戦いがナレーション処理されたことや光秀の生存を匂わせるラストが物議を醸し、「ひどい」という声が少なくありませんでした。コロナ禍による約3か月の撮影中断が後半の展開を圧縮させたことも、不満の一因となっています。この記事では、最終回が批判された具体的な理由と、本作が打ち切りだったのかどうかを検証します。
| 作品名 | 麒麟がくる |
|---|---|
| 脚本 | 池端俊策 |
| 主演 | 長谷川博己(明智光秀 役) |
| 放送局 | NHK(大河ドラマ第59作) |
| 放送期間 | 2020年1月19日〜2021年2月7日(全44回) |
| 打ち切り判定 | 🟢 打ち切りではない(完結済み) |
『麒麟がくる』の最終回がひどいと言われる理由
2021年2月7日に放送された最終回(第44回「本能寺の変」)は、Twitterトレンド1位になるほど注目を集めました。しかし放送後、視聴者の間では批判的な意見も多く見られました。
最終回の世帯視聴率は18.4%と期間平均の14.4%を大きく上回っており、関心の高さは数字にも表れています。それだけに期待値も高く、賛否が大きく割れる結果となりました。
理由1:山崎の戦いがナレーションだけで処理された
最終回で最も批判を集めたのは、明智光秀の最大の見せ場であるはずの山崎の戦いが、ナレーションのみで処理された点です。本能寺の変のあと、羽柴秀吉との決戦である山崎の戦いは光秀にとっての最終決戦でした。
視聴者からは「主人公の武将の大河ドラマなのに、最後の戦がナレーションで終わるとは思わなかった」という声が上がりました。戦国大河では合戦シーンが最大の見どころの一つです。過去の大河ドラマ『真田丸』(2016年)では大坂の陣が数話にわたって描かれましたが、『麒麟がくる』では山崎の戦いが映像化されることなく終わりました。
この省略の背景には、全44回という限られた放送枠の中で本能寺の変そのものに尺を割いた結果、その後の展開に時間を確保できなかったという事情があります。脚本の池端俊策は「本能寺の変のあとはこの物語にとってあまり重要ではない」という解釈を示していますが、視聴者の多くはそうは感じなかったということでしょう。
大河ドラマでは主人公の最期を丁寧に描くのが通例です。それだけに、ナレーションのみで光秀の敗北が語られたことは「雑な処理」と受け取られてしまいました。
理由2:光秀生存説を匂わせるラストが賛否を呼んだ
最終回のラストシーンでは、本能寺の変から3年後の世界が描かれました。秀吉が天下を治める時代に、足利義昭を訪ねた駒が「光秀が丹波で生き延びているという噂がある」と語る場面で物語は幕を閉じています。
この「光秀生存説」を匂わせる結末に対し、「斬新で面白い」と評価する声がある一方で、「歴史ドラマとして中途半端」「結末をぼかして逃げた」という批判も寄せられました。光秀が山崎の戦いで討たれたというのが通説であり、歴史ドラマとしてその結末を描かなかったことに違和感を持つ視聴者が多かったようです。
脚本の池端俊策はインタビューで「彼(光秀)が死ぬシーンは書きたくなかった」と語っています。池端は、光秀が「自分が麒麟を呼んでみせる」と宣言した時点でドラマとしての成長物語は完結しているという立場をとりました。
ただし、この作家の意図は視聴者全員に伝わったわけではありません。44回にわたって光秀の生涯を追いかけてきた視聴者にとって、最期が曖昧にされたことは「肩透かし」と映ったのも無理はないでしょう。
理由3:コロナ禍による撮影中断が後半の展開を圧縮させた
『麒麟がくる』は2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため撮影が中断されました。NHKは同年5月15日、第21回(6月7日放送分)をもって放送を一時休止すると発表しています。
撮影は同年6月30日に再開され、8月30日から放送が再スタートしました。約3か月の空白期間が生じた結果、大河ドラマとしては『炎立つ』(1993年)以来26年ぶりの越年放送となりました。
この撮影中断の影響で、当初予定されていたエピソードが削られたと見る視聴者も少なくありません。後半の展開、特に本能寺の変に至るまでの人間関係の描写が「駆け足」になったという指摘が多く見られます。
実際に、光秀と信長の関係が決裂していく過程は大河ドラマのクライマックスにあたる部分です。そこが圧縮されたことで、本能寺の変の動機づけが弱く感じられたという声がありました。1年間かけて丁寧に描いてきた二人の関係性が、終盤で急速に破綻する展開に違和感を覚えた視聴者は少なくありません。
コロナ禍という不可抗力とはいえ、作品のクオリティに影響を与えたのは否めません。制作側も苦渋の決断だったでしょう。
理由4:タイトル「麒麟」の回収が曖昧だった
ドラマのタイトルにもなっている「麒麟」は、中国の伝説上の霊獣で、仁のある君主が世を治めるときに現れるとされています。劇中では第1回から繰り返し「麒麟がくる世」への期待が語られ、光秀が理想の世を追い求める物語の象徴として機能していました。
物語の序盤、少女の望月東庵の弟子・駒が「戦のない世に麒麟がやってくる」と語るシーンは印象的でした。この「麒麟」は全44回を通じて作品の背骨となるモチーフだったはずです。しかし最終回を迎えても、「麒麟」が具体的に何を指していたのかは明確に回収されませんでした。
視聴者の中には「結局、麒麟は来なかったのでは?」「タイトル詐欺では」という声も見られます。44回かけて積み上げてきたテーマが最終回で明確な形を取らなかったことが、物語としての完成度に疑問を抱かせたようです。
コラムニストの堀井憲一郎はYahoo!ニュースの記事で、最終話が示した「麒麟」の正体について考察し、光秀の「愛ゆえの信長殺し」がもたらしたものこそが物語のテーマだったと分析しています。制作側には意図があったものの、その意図が視聴者に十分に伝わらなかったことが「ひどい」という評価につながった一面があります。
『麒麟がくる』は打ち切りだったのか?
最終回への不満から「打ち切りだったのでは?」という声がネット上にありますが、結論から言えば打ち切りではありません。ここではその根拠を整理します。
打ち切りではない:全44回を放送完了
『麒麟がくる』は全44回が放送され、最終回まで完結しています。コロナ禍で撮影が約3か月中断し、放送スケジュールが大幅にずれたのは事実ですが、これは放送延期であって打ち切りではありません。
NHKは放送枠を2021年2月まで延長し、年を跨いでの放送という異例の対応をとりました。通常、大河ドラマは12月に最終回を迎えますが、本作は翌年2月7日まで放送が続いています。打ち切りであればこのような延長措置はとられません。
なお、次作『青天を衝け』の放送開始が2021年2月14日に設定されたことからも、『麒麟がくる』の最終回が計画的に組まれていたことがわかります。NHKが打ち切りの判断をしたのであれば、次作との間に1週間しか空けないスケジュールにはならないでしょう。
視聴率は大河ドラマとして安定した水準
期間平均視聴率は14.4%で、前作『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の8.2%を大きく上回りました。2016年の『真田丸』以来、4年ぶりに平均14%を超えた作品であり、コロナ禍で放送が不規則になったにもかかわらず視聴者を維持したことは評価に値します。
初回の19.1%から最終回の18.4%まで、序盤と終盤で大きな落差がなかった点も注目に値します。視聴率の低迷による打ち切りという事実はなく、数字の面では安定した大河ドラマだったと言えます。
NHKの発表によれば、総合視聴率(リアルタイム+タイムシフト)では20%を超えており、過去3作を上回る結果を残しています。
駆け足展開はコロナ禍の影響
後半の展開が駆け足になったのは事実ですが、これは打ち切りによるものではありません。2020年4月から約3か月の撮影中断によってスケジュールが圧迫され、後半のエピソードを限られた話数に収める必要が生じたためです。
大河ドラマは通常50回前後で放送されますが、『麒麟がくる』は全44回にとどまりました。この6回分の差が後半の密度に影響したと考えられます。特に光秀が信長に対して不信感を募らせていく過程や、本能寺の変の直接的な動機づけに割かれる話数が減ったことは、最終回の満足度にも影響しています。
ただし、これはあくまでコロナ禍という外的要因によるもので、視聴率不振や制作上の問題による打ち切りとは性質が異なります。NHKは撮影中断の間も作品を継続する意思を明確にしており、中断期間中に打ち切りの報道は一切ありませんでした。
『麒麟がくる』の脚本家・池端俊策の現在
最終回をめぐる議論では、脚本家・池端俊策の意図にも注目が集まりました。光秀の死を描かないという大胆な選択は脚本家の判断によるものです。ここでは池端の経歴と現在の活動についてまとめます。
池端俊策のコメントと最終回の意図
池端俊策は1946年生まれ、広島県呉市出身の脚本家です。1991年の大河ドラマ『太平記』に続き、本作が2作目の大河ドラマとなりました。『麒麟がくる』の脚本で2021年に橋田賞を受賞しています。
最終回について池端は、「光秀と信長の物語」としてのドラマは本能寺の変で完結しているという考えを示しました。光秀が「麒麟を呼ぶ」と決意した時点で、人物の成長ドラマとしては終わっているという解釈です。
また、光秀の死を描かなかった理由について「1年間かけて描いてきた主人公を、自分の手で殺すシーンは書きたくなかった」と語っています。この作家としての思い入れが、視聴者の期待とは異なる結末を生んだと言えるでしょう。
池端俊策の代表作と活動
池端俊策は日本を代表するテレビドラマの脚本家の一人です。大河ドラマ『太平記』(1991年)のほか、NHK広島制作の『帽子』(2009年)で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、同年に紫綬褒章を受章しています。
2017年にはNHKドラマ『夏目漱石の妻』でグランプリを受賞するなど、歴史ドラマだけでなく幅広いジャンルで高い評価を得ています。池端は大河ドラマを2度担当した数少ない脚本家であり、歴史劇の第一人者と言える存在です。
中国新聞のインタビュー(2024年8月掲載)では、現在も原稿用紙に向かい新作の構想を練る日々を送っていることが報じられています。『麒麟がくる』の脚本は賛否を呼びましたが、池端自身はこの結末に納得しているようです。
『麒麟がくる』はどこで見られる?
『麒麟がくる』を視聴する方法について整理します。本作は2021年2月に放送が終了していますが、現在でも視聴可能な手段があります。
NHKの動画配信サービス「NHKオンデマンド」では、大河ドラマの見逃し配信や過去作品の配信が行われています。『麒麟がくる』の配信状況は時期によって異なるため、視聴を検討する場合はNHKオンデマンドの公式サイトで最新の配信状況を確認することをおすすめします。
また、Blu-ray・DVD(完全版)全4巻が発売されており、こちらであれば全44回を通して視聴できます。最終回の評価が分かれた作品だからこそ、改めて通して見ると新たな発見があるかもしれません。
『麒麟がくる』の最終回は本当に「ひどい」のか?
ここまで最終回が批判された理由を見てきましたが、一方で最終回を高く評価する声も多かったことは付け加えておくべきでしょう。放送直後のSNSでは「大河らしいフィナーレだった」「長谷川博己の演技が圧巻」という感想も数多く投稿されていました。
MANTANWEBの報道によれば、最終回放送後には「衝撃ラストに視聴者騒然」と報じられ、光秀生存説を匂わせる結末に驚きつつも好意的に受け止めた視聴者も少なくなかったことが伝えられています。映画レビューサイト「Filmarks」での本作の平均スコアは3.8点(5点満点)であり、全体としては好評の部類に入ります。
「ひどい」という検索が多いのは、期待値が高かった裏返しとも言えます。コロナ禍で約3か月も待たされた視聴者がそれだけ本作に愛着を持っていた証拠でもあるでしょう。最終回の評価は個人の好みに大きく左右されますが、打ち切りでも低品質でもなく、制作陣の意図を持った結末であったことは確かです。

